記憶 ‐生き物の臭いの思い出‐

包丁の先でゼイゴを取り
腹を割いて内臓を出す
流しが生き物の臭いに満ちてくる

魚市場でも魚屋の店先でもなく
この生臭さにあふれていた場所の記憶が
私の中に甦ってくる――

 それは、故障した機器の点検のため
 ひと時水を引いた最終沈澱池

 その中に初めて入り
 私は強烈な臭いに圧倒され
 掻寄機に残る汚泥を洗い流していた

 帰りの電車の中
 敏感に席を離れた乗客のことを思い出しながら
 私は髪にまとわりついていた臭いを洗っていた

そして今
血糊の付いた手を洗い
包丁を洗うと

そんな記憶を振り払うかのように
湯通しした青菜のしずくを払い

私は、休日の夕餉に
家族と向き合って座るため
料理の仕上げにいそしむ